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三国志・ディープな武将紹介【蜀編】②『楊顒』

久々にどーでもいい更新。
楊顒はあの悪名高き楊儀の一族にして、諸葛亮に才を認められるほどの賢人でした。

具体的に何をしたのかというと、丞相・諸葛亮が細かい金銭の出納まで自分でいちいち計算してるのを見て「組織には役割ってものがあるでしょ。そんなことは下役人に任せてればいいの。丞相は早く休みなさい」って諫言したら、えらく喜ばれたって話。

若死したのかは知らないけど、楊顒が死んだとき諸葛亮はその死をたいへん惜しんだという。まあ、これしか記述がないんだけど、諸葛亮が認めるほどだからきっと優秀だったんでしょう。
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三国志・ディープな武将紹介【魏編】②『朱霊』

はい、更新再開します。

朱霊さんです。
なぜか曹操に嫌われていた朱霊さんです。
『太祖はいつも朱霊を憎んでいた』とあるからよっぽど何か怨恨があったのでしょうね。
でもこの記述だけじゃ曖昧だし、本当のところはよく分かりませんね。

そもそも、朱霊は元々袁紹に仕えていた部将ながら、援軍として曹操の元へ派遣された際に曹操の人柄に一目惚れし、
「曹公こそ真の君だ」として、そのまま曹操に仕えることになったという過去があります。

その上、名声も功績も徐晃に次ぐと言われた程の人物です。
普通に考えれば、嫌ってあえて遠ざける必要性なんて微塵も無いですからね。
曹操の死後、文帝・曹丕は逆に朱霊さんをベタ褒めして加増どころか
「欲しい物があったら何でも言ってね?」ってデレちゃうくらい評価してたり。

朱霊さん、能力はあるのに曹操の麾下ではけっこう不遇な目にあっていたのでは?
袁紹を見限ったまでは良かったけど、どこで歯車が狂ってしまったんでしょうかねえ。

黄忠の本当の年齢は?

三国志演義では初登場時既に60歳を超える老将とされていた黄忠。その歳にして、一騎打ちは関羽と互角の強さ。
戦場でもバッタバッタと敵を討ち取るパワフル老人として描かれています。

しかし、史実では意外だが黄忠の年齢は全くの不明なのです。実際そこまでの歳ではなかった可能性もあります。
蜀書・黄忠伝はビックリするほど簡潔な上、年齢についての記述は一切ありません。

調べてみると、どうやら費詩伝に記述がある模様。いざ見てみると該当部分を発見。要約すると…
関羽が前将軍に任じられたときの話。同じく黄忠も後将軍に任じられたと聞き、
「この俺があんな老兵と同列だなんて!」
と文句をいう関羽を費詩が説得してなだめたという話なのですが、興味深いのは関羽が黄忠のことを名指しで老兵と呼んでいるところですかね。
これだけじゃ全くわからないのですが、演義の作者はきっとこの話を元に老将・黄忠のイメージを創り上げたんでしょうね。
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